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回編集
差分
細
そうした、役者の存在感にまかせて削除シーンをリカバーする手法もアリと言えばアリだし、たしかに削除シーンが有ると少し子供っぽくなってしまうムキも感じるが、映画全体の特色を変えてしまうような編集は、脚本家にとっては、いささか残念なことではなかったろうか。 そうした、役者の存在感にまかせて削除シーンをリカバーする手法もアリと言えばアリだが、同時に、その削除シーンは本来なら、少し子供っぽくなりがちな部分を、そうしたモリシゲの存在感が巧みに支え、狂言回しとして成立させる可能性があったのではないかとも思う。
編集の要約なし
モリシゲが"東下りみたいなことをしている"というシチュエーションを観客はすんなり受け入れ、笑っている。その人達と一緒にいると、場内に理屈を超越したなにかの成立を感じた。これはひとりでDVDを見ているだけでは見つからない効果である。