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この作品は、これまで他社(東映や大映)の忠臣蔵映画の興行成績が首位だったのに比べると、公開当時、かろうじてベストテンに入っているものの下位で振るわず、『キネマ旬報』誌上では「柄にもない」「まともすぎる」と酷評されていたそうである。
(そうは言っても、不振の映画界において当時、東宝は一人勝ち状態<small>(註06)</small>だったので、会社の隆盛期に作る作品…というセオリーには乗っかっているが。)だったので、“忠臣蔵映画はえてして、会社が絶好調のときに制作される”というセオリーにはきちんと則っていたのだが。)