大忠臣蔵

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作品概要
制作会社 松竹
公開年度 1957年
内蔵助役 市川猿之助
評価 4ツ星


役者絵:高田 浩吉

この作品は人形浄瑠璃&歌舞伎(以下・原作)の「仮名手本忠臣蔵」を土台に映像化している珍しい作品(同じスタッフ&キャストのクレジットの映画ポスターで「假名手本忠臣蔵」というのがある。再映のものだそうで、後編として「義士始末記」('62)という増補が公開されているそうであります(谷川健司先生の「忠臣蔵映画の全貌」より))。

いわば、江戸時代の原作の現代語訳版。意外にそういう映画は見る機会がございません。だから安兵衛とか源蔵とか一切出てこない。

原作の興行が本業の松竹ならではの作品。(41年の「元禄忠臣蔵」も新歌舞伎が元で松竹が製作。)

とにかくすごく丁寧でくそまじめな作品。


映画は松の廊下事件から始まる。原作のかたちを画にしようとしてるので、刃傷は長裃姿で及ぶ。そういうスタイルは知る限りではこの映画とドリフ大爆笑しか見たことが無い。(あ、あと宝塚もそうでした。)

桃井若狭助も出てくるし、ちらちら仮名手本的なエッセンスがある中で、「おかるかんぺい」のエピソード(五〜七段目)がものすごくたっぷりしているのがこの映画の一番の見どころ。

登場人物は何人かが赤穂事件の実在の名前に変えられているが(大星由良之助>大石内蔵助など)、勘平が思いを告げる相手は神崎与五郎ではなく、原作どおり千崎弥五郎という名前のままだったりするのがこだわりであります。

定九郎の登場シーンも映画的な尺にはなってるが、刀を鞘におさめるときに歌舞伎の演出どおりだったりする。…ちなみにこの定九郎はもうちょっと若くて妖艶な男優がよかったかな〜。ぶっちゃけ勘平の高田浩吉もちょっとおっさんなんだよなあ。


一力茶屋の場面のみ、BGMに歌舞伎と同じチョボ(義太夫)が流れる。

さてこの場面、歌舞伎は舞台の関係で便宜上「二階」としてあるお軽のいる場所がわりと低い中二階的なセットだが、これが映画でも二階を再現せず、中二階の体裁のままになってる。(とはいえ九段ばかりのハシゴで事足りる高さとなるともともとそんなに高い設定ではない?)

で、全段通してもっともエロティックなはずの、ハシゴでお軽がこわごわ降りてきて着物がはだけて内蔵助がエロギャグを飛ばし、じゃらじゃらとじゃらつくシーンが映画ではスルーされて、降りる間は、あろうことか縁の下の斧九太夫のアップになって、いつの間にか「おおこわ」と下に来ちゃってる。

これは〜、どうでしょう!?

高千穂ひずるさんのはだけるおみ脚が見たかったなあ!映画だからこそ由良之助の目線がビジュアル化できるのに!やってほしかったなあ!こういうところが「カタブツ」な本作の特徴であります。減点。

原作ではおかると兄の寺岡平右衛門(この映画では寺坂吉右衛門と混ざった名前で寺坂平右衛門となっている)のシーンがホロリとさせられるが、この映画ではそのあと内蔵助が斧九太夫を縁の下から引っ張り出して悔やむシーンにグッと来る。原作と比較すると、こうしたメディアによる効果の違いも楽しめます。


八〜九段目にあたる小浪(嵯峨三智子)と戸無瀬(山田五十鈴)もすごく良かった。この映画、女優陣が素敵で、女形でおなじみの女三人のこのシークエンスを本女がやるという、これは漫画原作が実写になるくらいワクワク。さらにこの義理の母娘を、18歳当時デキ婚で山田五十鈴が生んだものの育児放棄した嵯峨三智子との微妙な関係の二人(仲は険悪だったとか)でやるというすごいキャスティングも見もの(共演で言えば「女間者秘聞」もあるが、ツーショットで母娘役というのがドキドキいたします)。。

原作の九段目は後半がいささか「長いな」とかんじるのに対し、本作のバージョンは簡潔に整理されてるし、まさに「映画化」の意味のある場面である。


討ち入りは歌舞伎ほど華麗な立ち回りは無い。

清水一角が戦ってるときに、背景に見切れている邸内でなにかがショートしたように何度か青く光るのは、なんの事故でござろうか。かきわりの赤穂城のパースが狂ってたり、セリフ噛んでてもオン・エアになってたり、この映画には独特なゆるさがある(笑)。ちなみにこの一角、敵にしては話せるキャラなのだが、とにかくなかなか死なないのがちょっと可笑しい。


講談的なエッセンスの矢頭右衛門七(少年時代の当代・松本幸四郎)や大石東下り(場面が関所で、歌舞伎「勧進帳」っぽい)。南部坂のシークエンスもある。


ラストに両国橋やパレードが無く、仮名手本がベースなのに映画公開当時の泉岳寺の風景が添えられ、史実の赤穂事件の意義をナレーションで締めくくっている。

DVDには特典に歌川国貞の歌舞伎の浮世絵が入ってる。