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上述「帝劇ミュージカルコメデー お軽と勘平」のパンフレットを取り寄せてみると、忠臣蔵のもじりというよりは"登場人物が忠臣蔵ゆかりの名前"なだけで、内容はほぼオリジナルな芝居のようであります。(ところどころに「刃傷」「道行」などのエッセンスはあるものの)
当時の東宝の社長に言わせると、これも「東宝カブキ」(1955年に東宝が歌舞伎に進出した)の一種だそうで、「観客に迎えられるようなカブキの趣向」を目指しているとか<small>(1956年「芸能画報」1月号)</small>。
あらすじはそのまま書いたらただ複雑なだけの恋愛劇で、それでも要約して申し上げますと、高師直に雇われてるお軽と勘平のふたりが恋仲なところへ、師直の横恋慕や、勘平ファンの戸浪との結婚話などがからんできて勘平が不当な投獄だとか出世話に振り回されああだこうだあって、勅使一行歓待の舞踏会で幕を閉じる…と言ったかんじ。
榎本健一は先年に笠置シヅ子との舞台において体調不良で倒れているそうで、パンフのインタビューの中で「足の痛みもこの頃じゃ殆どなくなって、ようやく自由自在になった」と舞台復帰を喜んでいる。
足の痛みとは突発性脱疽のことで、残念ながらこのあとしばらくして悪化してしまう。自分の劇団も解散したとのことで「経済的には持ち出しになっても(この芝居に)出ることにしました」と言っているので、不運が続いてるエノケンにはこの芝居とて納得のいく起用条件はではなかったようだが、「とにかく舞台が好きでたまんねえ」から出演を呑んだごようす。