11,934
回編集
差分
提供: Kusupedia
編集の要約なし
{{Cinema|制作=東映|公開=1956|内蔵助=市川右太衛門|星=4|頃=}}
[[画像:467305251_3943120589254176_9029365414175099557_n.jpg|thumb|かるた(北川和秀先生蔵)既存の忠臣蔵かるたの蓋だけデザインを変えたもの。]]
== ビギナーな感想 ==
冠に「赤穂浪士」とついてるが、でも主役は不良浪人と泥棒。なんだこの変化球は!?とおもったら大佛次郎(おさらぎじろう)という作家の長編小説(1929年)が原作なんだそうですな。
== 加筆 マニアの感想 == 上記の感想文は、もりいくすおが忠臣蔵にハマりたて(これを打ってるいまから7年ほど前)に記したもので、当時は大佛次郎の原作も読んでいないし東映時代劇も知らない、はなはだ稚拙なものですが、それでも削除しないのはビギナーの素直な感想としてはアリかな、と自身がマッチポンプ的に面白がったからであります。 さて、本作をあらためて見てみますと、非常に丁寧な作りの、ただしい、品の良い作品で好感度が高い。 東映創立5周年の本作は、日本初カラーの忠臣蔵第1号<small>(註01)</small>で、第1号=お初と言えば、ほかにもいろいろな「お初」が目に付く。 そもそも製作のマキノ光雄は、父・牧野省三の[[忠魂義烈 実録忠臣蔵|失敗作忠臣蔵]]の無念を晴らそうという意気込みがあった。しかしそこには自分なりの"新機軸"を、と考え、大佛次郎原作を選んだと言う。<small>(「あかんやつら 東映京都撮影所血風録」p83 春日太一 文藝春秋)</small> また、[[大石内蔵助]]を演じる市川右太衛門は十八番の「旗本退屈男」に見るオーバーアクションやメイク(彼には関西歌舞伎出身らしい派手さがあった)を一切取り払って、「これが主税の釣った鯛?ほんとにお前が釣ったのか」なんつって、それは'''事件さえなければひじょうに一般的で平凡なおっさん'''という内蔵助像を作り上げている点で、これまで表現されてきたやり方とは一線を画す「お初」と言えるでしょう。<small>(「松田定次の東映時代劇: 兄弟ライバル・マキノ雅弘を超えた監督」畠剛 ワイズ出版)</small> 右太衛門はエッセイの中で「本作は'''在来の忠臣蔵に比べると吉良側や幕府側、また一般側にも出番がある新しい角度で描いてる'''」というようなことを言っていて、この点は松田監督と相談ずくだそう。たしかになるほどそれは、21世紀になってまとめてランダムに、手当たり次第にDVDで見ていたのでは気づかないところ。 「今どき昔みたいな神がかり的大石など、受けるはずのものでもないでしょう。」「昔はとにかく字幕(オープニングタイトル)が出ただけで、途端に拍手喝采だったくらい、至極安直に忠臣蔵に陶酔する客ばかりだった。今では、つまらん映画は見るだけソンという合理主義の時代です」<small>(上記の右太衛門コメントもろもろ「時代映画No.8」昭和31年新年号)</small> あらためて時系列に作品リストをさかのぼってみるとなるほどそのとおりで、フィルムに色がついただけでなく本作は時代劇的にも、右太衛門本人にとっても、パラダイムシフトなアプローチ、一大エポックを画する作品とおぼしめす。 (原作がそもそもアウトキャストにスポットを当てているのであって、本作の造作が斬新なのは、極力その原作を忠実になぞろうとした結果にほかならない。ちなみに「赤穂浪士」原作の映画は昭和初期のサイレント映画?に「[[堀田隼人]]」なるスピンオフもあるようだ(千恵プロ1933)。) また、戦後(この4年前)の[[赤穂城/続赤穂城|「赤穂城」]]のときは配役に苦慮したと言うが、今回本作を作るに当たって、忠臣蔵を構成するのに十分な配役を東映が組めるようになった、とプロデューサーのマキノ光雄が喜んでいる<small>(近代映画 臨時増刊 S31 no.133)</small>。 大川博社長は本作を「この映画を、普通制作の枠外に組んで、悠々と製作を続け、大衆娯楽篇の決定版とするつもりである」<small>(喜多方シバタ映画劇場のチラシ)</small>と、位置づけており、鼻息も荒い。いろいろな意味で記念碑的なポジションにある作品。 新しい新しいと言いながら決してアヴァンギャルドではなく、出来上がりは良い意味で「地味」。松田定次監督的にとってもじっくり撮ったお気に入り作品<small>(「キネマ旬報No.1072」/「松田定次の東映時代劇」ワイズ出版)</small> であるそうだが、これがそのままビギナーにはおとなしく写ってしまうのだろうなと思った。内匠頭の東千代之介も堀田隼人の大友柳太朗も他作品に比べると、なにか一服盛られてるんじゃないかと思うほどローテンションの抑え気味の演技で、これがプラスに働いて良い結果にはなっているのだが、作品全体に働くものがなしさを生んでいる。 「東下り」は泣ける。最初、堀田隼人でキャスティングされてたという片岡千恵蔵だが、[[立花左近]]で正解!(泣)<small>(註02)</small> で、やっぱり2時間半ほどにまとめてるので[[蜘蛛の陣十郎]]と堀田隼人が[[千坂兵部]](の役者さんがいま見るとひじょうに良い)の隠密になるところは、原作を知った上であらためて観てみてもあっさりしているし、あれだけキャラを魅力的に描いておきながら後半に出番が少なく、惜しい。 ・・・とはいえそれでも、なんやかやで、良い感じにはまとめている。 クレジットされている脚本の新藤兼人は原作の主要キャラクター堀田隼人たちに重点を置いてホンを書いたが、「忠臣蔵」の大事なところが書けてへん&オールスター映画向きではない。と、大幅にボツにされたとか。(実際は助監督の松村昌治がほとんど書いたらしい。<small>(「大友柳太朗快伝」/「松田定次の東映時代劇」共にワイズ出版)</small> 何割、進藤さんの働きが残っているかわからないが、原作の内容はひじょうにそつなくコンパクトにまとめられて、講談エピソードもうまく調和している。 あと、エピソードとして、 当時は、天下を二分する大スター・千恵蔵&右太衛門をマスコミが"ライバル"関係だと煽ってた時代。本作品の二人のアップの数はぴったり21ずつ。しかしこれはホントに偶然だったと松田定次監督は言う。<small>(田山力哉「千恵蔵一代」社会思想社)</small>
東千代之介は、白いドーランを塗ると、髭の濃いのがうっすら浮かんでくるんで困ったり、ともかく、モノクロ時代には気を使わなかった、役者衆の顔のシミやなんかが、課題になっていたようだ。。
ちなみに、昭和39年の週刊朝日<small>(NHK大河「赤穂浪士」特集記事)</small>によれば、スポック・スノーについて「スチロフォームの細かいもの」とし、NHK大河の「赤穂浪士」では石灰やナフタリン粉も、雪の代用に使用したと言う。