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{{Cinema|制作=東映|公開=1956|内蔵助=市川右太衛門|星=4|頃=}}
[[画像:467305251_3943120589254176_9029365414175099557_n.jpg|thumb|かるた(北川和秀先生蔵)既存の忠臣蔵かるたの蓋だけデザインを変えたもの。]]
上記の感想文は、もりいくすおが忠臣蔵にハマりたて(これを打ってるいまから7年ほど前)に記したもので、当時は大佛次郎の原作も読んでいないし東映時代劇も知らない、はなはだ稚拙なものですが、それでも削除しないのはビギナーの素直な感想としてはアリかな、と自身がマッチポンプ的に面白がったからであります。
さて、本作をあらためて見てみますと、非常に丁寧な作りの、ただしい、品の良い作品で好感度が高い。
クレジットされている脚本の新藤兼人は原作の主要キャラクター堀田隼人たちに重点を置いてホンを書いたが、「忠臣蔵」の大事なところが書けてへん&オールスター映画向きではない。と、大幅にボツにされたとか。(実際は助監督の松村昌治がほとんど書いたらしい。<small>(「大友柳太朗快伝」/「松田定次の東映時代劇」共にワイズ出版)</small>
何割、進藤さんの働きが残っているかわからないが、原作の内容はひじょうにそつなくコンパクトにまとめられて、講談エピソードもうまく調和している。
あと、エピソードとして、
当時は、天下を二分する大スター・千恵蔵&右太衛門をマスコミが"ライバル"関係だと煽ってた時代。本作品の二人のアップの数はぴったり21ずつ。しかしこれはホントに偶然だったと松田定次監督は言う。<small>(田山力哉「千恵蔵一代」社会思想社)</small>
また、若手スター中村錦之介(23歳。初めての「オトナ役」?)は、それまで「紅孔雀」でヒーローだったのに、本作では打たれっぱなしで恋に生きる、和事系の脱盟者の小山田庄左衛門となり、「かっこわるいし、意気地なしの役なんで、ファンは泣いたもんだ」と1944年生まれの、わたしのおともだちが言ってたが、当時の「近代映画 臨時増刊」にも、錦チャンのコメントとして「なんですあのシュウタイは。恥知らずで、もう愛想が尽きちゃったワ」と、ファンからいろいろ言われてることを語っているが、いっぽうで「武士の掟に縛られながら、若い男の人間的な苦悩を出すのは苦労したけど、芯の通った演技だから一生懸命やった。好きな役」と概略そう言っている。フランス文学に造詣の深い、原作の大佛次郎の膨らませた、いままでの忠臣蔵劇にないポジションを、若い錦ちゃんは、しっかり受け止めている。
<附言>
丸の内東映(東映会館)が無くなるということで、企画で本作の上映があって(2025年6月)、あらためてスクリーンで見ながら思ったのは、台詞ベースで"そのシーンが無い"シチュエーションがいくつもあり、春日太一先生などは本作推しだが、ビギナーには相当ハードルが高い作品だなと、あらためて思いました。
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画像:style_book.jpg|東映専門の映画館になった喜多方シバタ映画劇場の発行物。
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註01…"色彩映画(総天然色イーストマン東映カラー)"は、東映としては同年公開の「日輪」につぐ2作目。カラー作品の黎明期とあって、松田定次監督は洋画家の和田三造(衣笠貞之助監督「地獄門」(53)色彩指導)を迎えて色を見てもらったという。また、衣裳は溝口健二監督作品の衣裳をやった日本画家の甲斐庄 楠音(かいのしょう ただおと)に見てもらっているなど、色の達人の力を借りている。。
東千代之介は、白いドーランを塗ると、髭の濃いのがうっすら浮かんでくるんで困ったり、ともかく、モノクロ時代には気を使わなかった、役者衆の顔のシミやなんかが、課題になっていたようだ。。
意外にも白い色の発色に苦慮しており、これまで麩を降らせて石灰の粉末を積もらせていたのを、小道具さんが見つけてきた「やわらかみがあって、色彩がよく出る」スポック・スノーという、合成樹脂を使ったと言う。<small>(近代映画 臨時増刊 S31)</small>
ちなみに、昭和39年の週刊朝日<small>(NHK大河「赤穂浪士」特集記事)</small>によれば、スポック・スノーについて「スチロフォームの細かいもの」とし、NHK大河の「赤穂浪士」では石灰やナフタリン粉も、雪の代用に使用したと言う。
註02…20年ほど前に自社制作の作品「堀田隼人」で、堀田と浅野内匠頭二役を演じている(赤穂市発行「忠臣蔵」第五巻)ので、そのイメージが良かったのかもしれない。<…と、勝手な解釈をしたが、新藤兼人の脚本を手直しした、松村昌弘(当時、助監)さんによると、もともとの新藤版の脚本が、原作に出てくる堀田隼人たちに大きくウエイトが乗っかっていたんで、最初はそういう配役が考えられたんだということだ。<small>(「大友柳太朗快伝」ワイズ出版)</small>