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赤穂浪士 天の巻・地の巻

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{{Cinema|制作=東映|公開=1956|内蔵助=市川右太衛門|星=4|頃=}}
 
[[画像:467305251_3943120589254176_9029365414175099557_n.jpg|thumb|かるた(北川和秀先生蔵)既存の忠臣蔵かるたの蓋だけデザインを変えたもの。]]
 さて、本作をあらためて見てみますと、非常に丁寧な作りの、ただしい、品の良い作品で好感度が高い。
 東映創立5周年の本作はカラーの忠臣蔵第1号 東映創立5周年の本作は、日本初カラーの忠臣蔵第1号<small>(註01)</small>で、第1号=お初と言えば、「松田定次の東映時代劇(畠剛 著)」を読んで「たしかに!」と膝を叩いたのが、ここでで、第1号=お初と言えば、ほかにもいろいろな「お初」が目に付く。  そもそも製作のマキノ光雄は、父・牧野省三の[[忠魂義烈 実録忠臣蔵|失敗作忠臣蔵]]の無念を晴らそうという意気込みがあった。しかしそこには自分なりの"新機軸"を、と考え、大佛次郎原作を選んだと言う。<small>(「あかんやつら 東映京都撮影所血風録」p83 春日太一 文藝春秋)</small>  また、[[大石内蔵助]]を演じる市川右太衛門は十八番の「旗本退屈男」に見るオーバーアクションやメイク(彼には関西歌舞伎出身らしい派手さがあった)を一切取り払って、「これが主税の釣った鯛?ほんとにお前が釣ったのか」なんつって、それは'''事件さえなければひじょうに一般的で平凡なおっさん'''という内蔵助像を作り上げている点で、それはこれまで表現されてきたやり方とは一線を画す「お初」と言えるでしょう。という内蔵助像を作り上げている点で、これまで表現されてきたやり方とは一線を画す「お初」と言えるでしょう。<small>(「松田定次の東映時代劇: 兄弟ライバル・マキノ雅弘を超えた監督」畠剛 ワイズ出版)</small>
 右太衛門はエッセイの中で「本作は'''在来の忠臣蔵に比べると吉良側や幕府側、また一般側にも出番がある新しい角度で描いてる'''」というようなことを言っていて、この点は松田監督と相談ずくだそう。たしかになるほどそれは、21世紀になってまとめて手当たり次第にDVDで見ていては気づかないところ。」というようなことを言っていて、この点は松田監督と相談ずくだそう。たしかになるほどそれは、21世紀になってまとめてランダムに、手当たり次第にDVDで見ていたのでは気づかないところ。
「昔はとにかく字幕(オープニングタイトル)が出ただけで、途端に拍手喝采だったくらい、至極安直に忠臣蔵に陶酔する客ばかりだった。今では、つまらん映画は見るだけソンという合理主義の時代です」「今どき昔みたいな神がかり的大石など、受けるはずのものでもないでしょう。」「昔はとにかく字幕(オープニングタイトル)が出ただけで、途端に拍手喝采だったくらい、至極安直に忠臣蔵に陶酔する客ばかりだった。今では、つまらん映画は見るだけソンという合理主義の時代です」<small>(両コメント共に「時代映画No(上記の右太衛門コメントもろもろ「時代映画No.8」昭和31年新年号)</small>
 あらためて時系列に作品リストをさかのぼってみるとなるほどそのとおりで、フィルムに色がついただけでなく本作は時代劇的にも、右太衛門本人にとっても、パラダイムシフトなアプローチ、一大エポックを画する作品とおぼしめす。
(昭和初期のサイレント映画?には本原作を元にした「(原作がそもそもアウトキャストにスポットを当てているのであって、本作の造作が斬新なのは、極力その原作を忠実になぞろうとした結果にほかならない。ちなみに「赤穂浪士」原作の映画は昭和初期のサイレント映画?に「[[堀田隼人]]」なるスピンオフもあるようだが(千恵プロ1933)大佛作品の「赤穂浪士」を忠臣蔵映画として扱うという点では初めてなこころみ。)」なるスピンオフもあるようだ(千恵プロ1933)。)   また、戦後(この4年前)の[[赤穂城/続赤穂城|「赤穂城」]]のときは配役に苦慮したと言うが、今回本作を作るに当たって、忠臣蔵を構成するのに十分な配役を東映が組めるようになった、とプロデューサーのマキノ光雄が喜んでいる<small>(近代映画 臨時増刊 S31 no.133)</small>。  大川博社長は本作を「この映画を、普通制作の枠外に組んで、悠々と製作を続け、大衆娯楽篇の決定版とするつもりである」<small>(喜多方シバタ映画劇場のチラシ)</small>と、位置づけており、鼻息も荒い。いろいろな意味で記念碑的なポジションにある作品。  新しい新しいと言いながら決してアヴァンギャルドではなく、出来上がりは良い意味で「地味」。松田定次監督的にとってもじっくり撮ったお気に入り作品<small>(「キネマ旬報No.1072」/「松田定次の東映時代劇」ワイズ出版)</small> であるそうだが、これがそのままビギナーにはおとなしく写ってしまうのだろうなと思った。内匠頭の東千代之介も堀田隼人の大友柳太朗も他作品に比べると、なにか一服盛られてるんじゃないかと思うほどローテンションの抑え気味の演技で、これがプラスに働いて良い結果にはなっているのだが、作品全体に働くものがなしさを生んでいる。  「東下り」は泣ける。最初、堀田隼人でキャスティングされてたという片岡千恵蔵だが、[[立花左近]]で正解!(泣)<small>(註02)</small> 
 で、やっぱり2時間半ほどにまとめてるので[[蜘蛛の陣十郎]]と堀田隼人が[[千坂兵部]](の役者さんがいま見るとひじょうに良い)の隠密になるところは、原作を知った上であらためて観てみてもあっさりしているし、あれだけキャラを魅力的に描いておきながら後半に出番が少なく、惜しい。
また、戦後(この4年前)の[[赤穂城/続赤穂城|「赤穂城」]]のときは配役に苦慮したと言うが、今回本作を作るに当たって、忠臣蔵を構成するのに十分な配役を東映が組めるようになった、とプロデューサーのマキノ光雄が喜んでいる<small>(近代映画 臨時増刊 S31 no.133)</small>。いろいろな意味で記念碑的なポジションにある作品。・・・とはいえそれでも、なんやかやで、良い感じにはまとめている。
 で、クレジットされている脚本の新藤兼人は原作の主要キャラクター堀田隼人たちに重点を置いてホンを書いたが、「忠臣蔵」の大事なところが書けてへん&オールスター映画向きではない。と、大幅にボツにされたとか。(実際は助監督の松村昌治がほとんど書いたらしい。 クレジットされている脚本の新藤兼人は原作の主要キャラクター堀田隼人たちに重点を置いてホンを書いたが、「忠臣蔵」の大事なところが書けてへん&オールスター映画向きではない。と、大幅にボツにされたとか。(実際は助監督の松村昌治がほとんど書いたらしい。<small>(「大友柳太朗快伝」/「松田定次の東映時代劇」共にワイズ出版)</small>
 何割、進藤さんの働きが残っているかわからないが、原作の内容はひじょうにそつなくコンパクトにまとめられて、講談エピソードもうまく調和している。
 新しい新しいと言いながら決してアヴァンギャルドではなく、出来上がりは良い意味で「地味」。松田定次監督的にとってもじっくり撮ったお気に入り作品<small>(「キネマ旬報No.1072」/「松田定次の東映時代劇」ワイズ出版)</small>) であるそうだが、これがそのままビギナーにはおとなしく写ってしまうのだろうなと思った。内匠頭の東千代之介も堀田隼人の大友柳太朗も他作品に比べるとなにか一服盛られてるんじゃないかと思うほどローテンションの抑え気味の演技で、これがプラスに働いて良い結果にはなっているのだが、作品全体に働くものがなしさを生んでいる。
 中村錦之介(23歳。初めての「オトナ役」?)は、それまで「紅孔雀」でヒーローだったのに、本作では打たれっぱなしで恋に生きる、和事系の脱盟者の小山田庄左衛門となり、「かっこわるいし、意気地なしの役なんで、ファンは泣いたもんだ」と1944年生まれの、わたしのおともだちが言ってたが、当時の「近代映画  あと、エピソードとして、  当時は、天下を二分する大スター・千恵蔵&右太衛門をマスコミが"ライバル"関係だと煽ってた時代。本作品の二人のアップの数はぴったり21ずつ。しかしこれはホントに偶然だったと松田定次監督は言う。<small>(田山力哉「千恵蔵一代」社会思想社)</small>   また、若手スター中村錦之介(23歳。初めての「オトナ役」?)は、それまで「紅孔雀」でヒーローだったのに、本作では打たれっぱなしで恋に生きる、和事系の脱盟者の小山田庄左衛門となり、「かっこわるいし、意気地なしの役なんで、ファンは泣いたもんだ」と1944年生まれの、わたしのおともだちが言ってたが、当時の「近代映画 臨時増刊」にも、錦チャンのコメントとして「なんですあのシュウタイは。恥知らずで、もう愛想が尽きちゃったワ」と、ファンからいろいろ言われてることを語っているが、いっぽうで「武士の掟に縛られながら、若い男の人間的な苦悩を出すのは苦労したけど、芯の通った演技だから一生懸命やった。好きな役」と概略そう言っている。フランス文学に造詣の深い、原作の大佛次郎の膨らませた、いままでの忠臣蔵劇にないポジションを、若い錦ちゃんは、しっかり受け止めている。
「東下り」は泣ける。最初、堀田隼人でキャスティングされてたという片岡千恵蔵だが、[[立花左近]]で正解!(泣)<small>(註02)</small>
 で、やっぱり2時間半ほどにまとめてるので[[蜘蛛の陣十郎]]と堀田隼人が[[千坂兵部]](の役者さんがいま見るとひじょうに良い)の隠密になるところは、原作を知った上であらためて観てみてもあっさりしているし、あれだけキャラを魅力的に描いておきながら後半に出番が少なく、惜しい。<附言>
・・・とはいえそれでも、なんやかやで、良い感じにはまとめている。丸の内東映(東映会館)が無くなるということで、企画で本作の上映があって(2025年6月)、あらためてスクリーンで見ながら思ったのは、台詞ベースで"そのシーンが無い"シチュエーションがいくつもあり、春日太一先生などは本作推しだが、ビギナーには相当ハードルが高い作品だなと、あらためて思いました。
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画像:kindaieiga_zokan_ar01style_book.jpg|東千代之介は内匠頭が終わった後「忍法左源太」の扮装。<small>(近代映画 臨時増刊 S31)</small>東映専門の映画館になった喜多方シバタ映画劇場の発行物。
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註01…東映としては同年公開の「日輪」につぐ2作目。カラー作品の黎明期とあって、松田定次監督は洋画家の和田三造(衣笠貞之助監督「地獄門」註01…"色彩映画(総天然色イーストマン東映カラー)"は、東映としては同年公開の「日輪」につぐ2作目。カラー作品の黎明期とあって、松田定次監督は洋画家の和田三造(衣笠貞之助監督「地獄門」(53)色彩指導)を迎えて色を見てもらったという。また、衣裳は溝口健二監督作品の衣裳をやった日本画家の甲斐庄 楠音(かいのしょう ただおと)に見てもらっているなど、色の達人の力を借りている。。
東千代之介は、白いドーランを塗ると、髭の濃いのがうっすら浮かんでくるんで困ったり、ともかく、モノクロ時代には気を使わなかった、役者衆の顔のシミやなんかが、課題になっていたようだ。。
意外にも白い色の発色に苦慮しており、これまで麩を降らせて石灰の粉末を積もらせていたのを、小道具さんが見つけてきた「やわらかみがあって、色彩がよく出る」スポック・スノーという、合成樹脂(昭和39年の週刊朝日意外にも白い色の発色に苦慮しており、これまで麩を降らせて石灰の粉末を積もらせていたのを、小道具さんが見つけてきた「やわらかみがあって、色彩がよく出る」スポック・スノーという、合成樹脂を使ったと言う。<small>(NHK大河「赤穂浪士」特集記事)(近代映画 臨時増刊 S31)</small>によれば、スチロフォームの細かいもの、とし、同番組では石灰やナフタリン粉も、雪の代用に使用したとか)を使ったと言う。 ちなみに、昭和39年の週刊朝日<small>(近代映画 臨時増刊 S31)(NHK大河「赤穂浪士」特集記事)</small>によれば、スポック・スノーについて「スチロフォームの細かいもの」とし、NHK大河の「赤穂浪士」では石灰やナフタリン粉も、雪の代用に使用したと言う。
市川右太衛門が念願だった大石内蔵助役をゲットできて、前に幾度も内蔵助をやってた千恵蔵は、東映の申し出を一旦はすんなり飲んだそうだが、「やっぱり堀田の役は若すぎる」と、降板を申し出たとか。<small>(近代映画 臨時増刊 S31)</small>
 

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