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記事では、製作費も広告宣伝費もふんだんにかけたにも関わらず、興行の不振であったことが重役会議の議題にまで上がってしまったとされ、藤本真澄プロデューサー/専務(当時)は「客が悪い」と言い、雨宮恒之(営業取締役)は「作ることに意義がある」と言ったという。 記事では、製作費も広告宣伝費もふんだんにかけたにも関わらず、興行不振であったことが重役会議の議題にまで上がってしまったとされ、藤本真澄プロデューサー/専務(当時)は「客が悪い」と言い、雨宮恒之(営業取締役)は「作ることに意義がある」と言ったという。<small>(キネマ旬報No.329号通巻1144号「1962年のトピックを語る」)</small>。
(そうは言っても、不振の映画界において当時、東宝は一人勝ち状態 (そうは言っても、斜陽が始まったの映画界において当時、東宝は一人勝ち状態<small>(註06)</small>だったので、忠臣蔵映画はえてして"会社の内容が最も充実したときに製作される”<small>(東宝スタジオ・メールNo.759)</small>というセオリーにはきちんと則っていたのだが。)
これを、主人であるモリシゲが間に入って玄関先で食い止め、大石に会わせまいとするわけだが、その手管(先年に宿泊した院使にお小遣いを工面した際に礼にもらったサインを役人に見せて有無を言わせない)と、大石をかばおうとする根拠がもうひとつこっちに伝わってこず、ラフプレーに見えてちょっと弱い。 これを、本陣の主人モリシゲが間に入って玄関先で食い止め、大石に会わせまいとするわけだが、その手管(先年に宿泊した院使にお小遣いを工面した際に礼にもらったサインを役人に見せて有無を言わせない)と、大石をかばおうとする根拠がもうひとつこっちに伝わってこず、ラフプレーに見えてちょっと弱い。
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この作品は、これまで他社(東映や大映)の忠臣蔵映画の興行成績が首位だったのに比べると、公開当時、かろうじてベストテンに入っているものの下位で振るわず、当時の『キネマ旬報』誌上では「(「用心棒」とかで)時代劇に新風を巻き起こした東宝が東映と変わるところがない」「まともすぎて仕掛けがない。立派すぎるんだ」「つまり東宝は柄にもないことをやったわけだ」と酷評されている。
大石内蔵助は、[[垣見五郎兵衛]]でも[[立花左近]]でもない、尾花光忠という、聴いたこともない人物の名(個人の感想です)を語って東下りをする。定石なら、宿泊中の本陣にホンモノの尾花光忠が現れて「いつもの」勧進帳的なパターンになりそうなものだが、本作では尾花と面識のある、地元の役人が面会に来る。
まんまとごまかされて本陣をあとにする役人だが、その際になぜかみな、酔っ払っている。おそらく、たらふくごちそうをされて煙に巻かれたのだろうと予想できるが、そのシーンが無いのだ。
本作で[[堀部弥兵衛]]を演じている小杉義男は黒澤映画にも本多猪四郎作品にもご常連のベテランなのだが、大部屋さんの印象があり、東映では薄田研二さんがやってる役どころを、名バイプレイヤーの小杉さん(好きだけど)…というのは、もりいが忠臣蔵ビギナーだった頃からの違和感。有島が無理ならふだん東宝映画に貢献している東野英治郎や左卜全が出演していないが、彼らあたりでどうにかならなかったのだろうか?(こういうことでで悩むのが、好き) …<附言>ただ、小杉さんは、同じく東宝の「[[四十八人目の男]]」で、[[堀部安兵衛|安兵衛]]を演じてることを思うと、父子両方を演じためずらしい役者になる。
「そこはやっぱ三船でしょう。若いったってねえ、翌年に『赤ひげ』撮ってるんだし(公開は延びて'65に)」と春日太一さんとご一緒したときおっしゃってた(この意見「やっぱり三船でしょう」は公開当時の大橋重勇キネ旬編集長もそう言っている<small>(『キネマ旬報』No.329号通巻1144号「1962年のトピックを語る」P53)</small>)。ちなみに氏のごひいきは「)。ちなみに春日氏のごひいきは「[[赤穂浪士 天の巻・地の巻]]('56)」。(この「花の巻雪の巻」は「雑」と言ってた笑。何シーンか討ち入りが昼間だし、東宝歌舞伎のことがあってしょうがないけど白鸚キャスティングにも一家言。)
ちなみに東宝娯楽映画といえばクレイジーキャッツの映画シリーズも忘れてならないが、1本目の「ニッポン無責任時代」が本作と公開年が同じで、その後人気シリーズとして東宝の屋台骨を支えるものの、そもそもは「添え物映画(2本立て興行のB面的な作品)」であり、この時点では東宝映画への貢献は無いのでクレイジーのメンバーの出演は無い。数カ月後に本作の公開が控えてるので宣伝を意識してか、夏公開の「ニッポン無責任時代」には「忠臣蔵」というワードが数回出てくる。