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実際に、映画産業の隆盛のいっぽうで演劇が厳しくなっていた当時(個人の感想です)、東宝が松竹の向こうを張って「東宝カブキ」を始めたわけで、この動きは松竹の独占的な歌舞伎興行体制に対する挑戦という側面を持っていた(個人の感想です)。実際に、映画産業の隆盛のいっぽうで演劇が厳しくなっていた当時、東宝が松竹の向こうを張って「東宝カブキ」を始めたわけで、この動きは松竹の独占的な歌舞伎興行体制に対する挑戦という側面を持っていたんじゃないだろうか。 戦後、幸四郎は松竹に不満を持っていたそうで、1958年の黒澤映画「隠し砦の三悪人」に幸四郎が出られなかったり(←当てられていた役は藤田進に変わった)、松竹と東宝はお仲が悪かったようです。<small>(「偽りの民主主義〜GHQ、映画、歌舞伎の戦後秘史〜」 浜野保樹 角川書店 )</small>
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それにしても、まったく同じ題名を掲げ、しかもこの映画の公開前年に松竹から東宝に移籍した白鴎を、あらためて内蔵助に立てて、特徴的なシーンまでかぶるあたりは、なにかしら挑発的なキナ臭さを感じる。