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通し狂言 仮名手本忠臣蔵

407 バイト追加, 2025年12月2日 (火) 22:42
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 討ち入りのための武器調達をした豪商、[[天野屋利兵衛|天河屋(天川屋)義平]]のはなし。
 義平の忠義を試すために浪士がいろいろ詰問するが、義平は口を割らない。あたしが見たのはCSで放送された1959年2月歌舞伎座の中村吉右衛門劇団、市川猿之助一座、中村時蔵参加による「忠臣蔵」通し上演。昭和61年、国立劇場開場20周年のときの全段通し。〜以上の録画。近年ではこれらと2009〜2010大阪の新春大歌舞伎。平成28年国立劇場会場50周年記念でしか上演されていない。 義平の忠義を試すために浪士がいろいろ詰問するが、義平は口を割らない。  上演が少なく、あたしが見たのはCSで放送された1959年2月歌舞伎座の中村吉右衛門劇団、市川猿之助一座、中村時蔵参加による「忠臣蔵」通し上演。昭和61年、国立劇場開場20周年のときの全段通し。〜以上の録画。近年では2009〜2010大阪の新春大歌舞伎。平成28年国立劇場会場50周年記念。令和5年3月大歌舞伎。
 前後があってこそ引き立つ段だから、単独じゃ客入りが見込めないんで上演回数が少ないのかと思ってたが、ものの本で加賀山直三氏が「この一段はつまらない。愚作」と一蹴。くわえて「季刊雑誌 歌舞伎」では、幕末以降、徒党を組むとか武器の密造というネタ自体が上演の遠慮を産んだんじゃないかと坂東三津五郎(9th)は言っている。
 義平の侠気はかっこいいし、ハッピーエンディングだし個人的には大好きだが、たしかに九段目までの貫禄の由良助が、「みんながそんなに言うなら、気持ちを試してみるかぁ」というコンセプトでつづら(長持ち)の中に潜んで義平にドッキリをしかけるという趣向はなかなか「浮いてる」かも。人を試して結局謝るという、かっこわるいかんじだし。七段目の孔明的なキャラがブレる。ちなみに国立劇場開場20周年ではつづらから出てこないで後ろの戸を開けて出てきた。
 
 令和5年3月大歌舞伎のときは、単独で十段目のみがかかった。中村芝翫(8th)が天川屋で、幸四郎(10th)が由良之助だったが、長持ちから出てくるバージョンだったにも関わらず、有り様や間合い、タイミングなど細心の注意を払って演出を心がけているように見え、滑稽にはなっていなかった。
 
 そのほかにも離縁した天河屋夫婦の復縁まで世話をするなど、討ち入り直前にしては手の込んだ「よけいなこと」をしすぎで(おかげで上演時間が長い)、たしかに異色作。