新作落語いろいろ
噺家の師匠たちは忠臣蔵を題材にいろいろなお話しを作ってらっしゃいます。
(古典はこちら>「忠臣蔵 関連作品」)
難題話…桂文治6th
三題噺ならぬ、難題話というものを紹介した、明治33年の作品。榎本滋民先生(前にTBSの落語特選会の解説やってらした)によれば文治の新作だろうというお話。
お題は「大星由良之助 流沙河の船軍(ふないくさ)」「在原業平 西王母に百夜通い」「中村芝翫の漢土(かち…中国)で芝居」
塩谷藩士の四十七士が一緒に雲州から鎌倉に討ち入りにでかけるのは相当目立ち、作戦が失敗すれば亡君はおろか竹田出雲(作者)にも申し訳が立たないということで天川屋義平に船を用意させて出かけるが難破し、天竺に辿り着く。
流沙河(三蔵法師も手こずった砂漠)で安計楽艦に乗った唐人に襲われるが山鹿流の陣太鼓を叩きみんなで返り討ち。川をわたって五層の料理店がある食悦国へ。
落ち着いた先で業平(やはり遭難中)とバッタリ意気投合。
漢土でもモテモテの業平は西王母をくどいたところ「小野小町の百夜通い(深草少将がやったやつ。百夜目に倒れる。)をしてほしい」と言われたので通いとおしていたが九十九夜目にいたって二日酔いなので由良之助に代行を頼むが断わられ、業平は同行していた中村芝翫に身代わりをたのむ。
名代の芝翫は「九十九夜目に蓑笠なら雪も要る」と道具方に三角の雪を降らせて出かけるが正体がバレる。
「とんだマァ、雪ちがい(行きちがい)をいたしました」
むじー。つか三題噺系はなかなかファンタジー。
四十七士がユニットとして別のロケーションで悪漢と闘うシチュエーションがワクワクする。
柳昇式忠臣蔵…春風亭柳昇5th
大きなことを言うようだが、当時、春風亭柳昇といえば我が国ではこの人ひとりであった。
その柳昇が忠臣蔵の刃傷から評定〜討ち入りを、各シーンに細かいギャグを散りばめて滑稽に綴った作品。
師匠の説では、泉岳寺の引き揚げではあまりに沿道に大勢の人が出て、地球が本所のほうへ傾いたという。
エールを贈る沿道の人々が甘いモノばかり恵むので、四十七士は全員虫歯になった。「総入れ歯になったそうすね。それであの連中を「義歯(義士)」というんスが」
長嶋監督や立川談志、三波春夫などのオピニオンを反映して、時の将軍・綱吉は浅野家再興を許し、四十七士の切腹も赦す。
細かいデータはところどころすごく怪しいのに師匠のとぼけたお人柄、芸風からまったく気にならない。噺の内容がどうのこうのより、師匠がお話しているのをのんびりとした気分で時間をご一緒するのが楽しい。
花ぐもり-青春忠臣蔵三平篇…桂三枝
300年から時代を超えて続いている赤穂義士人気。じつは内蔵助は計算づくだったという着想と、師匠の家路の国道171号線に「萱野三平屋敷跡」があるという縁からこの噺を作ったという。
父親の推挙する再就職と主君の仇討ち計画の板挟みになった萱野三平に俳句仲間の大高源五がてっとりばやく忠義の士として名を残すために、辞世の上の句を土産にして切腹をすすめにいく。
師匠の歴史系創作落語なのでいつもながら「よく調べているなあ」と感心はするものの、構成に大きな工夫があるわけではない。実際に忠と孝の板挟みで自害した三平のエピソードに大高源五が加わるだけで、要はやりとりが大阪弁の妙と小ネタで愉快に仕上がってる作品。
余談だが枕で「宝塚は浅野内匠頭、辞世の句を歌いながら踊りまんねんで。介錯人も一緒に踊りまんねん」と話してる部分があるが、ほんとうはお仕置き場に向かう内匠頭が銀橋の途中で立ち止まって辞世を口ずさみ、BGMに辞世に曲のついた歌が流れ、切腹のシーンは無く、もちろん介錯人と踊るシーンは無い。お笑いってこういうふうにいろいろ盛って作るのだなあと興味深かった。
忠臣ぐらっ…立川志の輔
各エンターテインメントに忠臣蔵はあるのに、実は落語だけ無い。というコンセプトから作ったお話し。たしかに、落語の忠臣蔵ものは艶笑小咄の天川屋義平を除いては、芝居の仮名手本忠臣蔵を扱ったものばかりで、芝居好きの誰それがどうしたというハナシばかりである。(附言:忠臣義士たちの落語、無いわけではないが、ややこしくなるので、それにつきましてはこのサイトの「古典落語」の項目をご参照ください。)
志の輔師匠が題材にしたのは岡野金右衛門の絵図面取り。
再三絵図面の奪取を内蔵助から催促され、だんだん討ち入りに後ろ向きな気持ちになってきた金右衛門は自分が絵図面さえ手に入れなければ討ち入りの決行はなくなると考え活動をやめてしまう。しかし彼が酒屋に身をやつした赤穂浪士と知った近所の連中は応援するつもりであの手この手で吉良邸の絵図面を押しつけようとする。
ドタバタ喜劇の構成が面白く、ビジュアル化してもいいんじゃないかと思うくらい。
ただ、なんとなく台詞が安く、まるでその場で思いついて喋ってるかのような完成度だったのが残念。でもアイデアは面白かった。
(附言:志の輔師匠で忠臣蔵といえば、「中村仲蔵」が有名。<左記リンク「古典落語」の項目を御覧ください。)
怪獣忠臣蔵…快楽亭ブラック
忠臣蔵と怪獣映画に詳しいブラック師匠が、生前に円谷英二が語っていた「怪獣をみんなそろえて忠臣蔵を撮りたい」という夢を勝手に具体化したもの。
不肖あたくしもこの2要素は大好物でして、台詞だけ聴いててもちゃあんとインファント島の酋長もダイゴロウもビジュアルが浮かぶんですごく面白いんですが、これCDで聴きますと観客の反応がもうひとつ薄い。無理もないでしょうねえ。怪獣映画と仮名手本忠臣蔵を混ぜたと言ってもツボがわからねえんでしょう。
お話しのほうは、宇宙怪獣サミットの指南番キングギドラが饗応役のモスラを殺すのでゴジラをはじめ四十七士が仇討ちをするというストーリー。
特撮怪獣映画の怪獣を集めても47頭に足りないんで、テレビの円谷プロ怪獣も召集するのだが、中にゃとぼけたブースカなんて次郎長意外伝の灰神楽の三太郎みたいなやつも参加するんで、仲間がうとんじましてな。「役立たず」と蔑視されるんでそば屋に身をやつしてウルトラマンに稽古をつけてもらうなんていうくだりはコレ「血槍無双」、「元禄名槍譜 俵星玄蕃」なんですよね。念がいってるんですよ。ガメラが垣見五郎兵衛なんだけどBGMが勧進帳なんて「忠臣蔵 地の巻/天の巻」風だったりね、もうキャスティングが完璧!や、あたしも気づかない仕掛けがもっとあるんじゃないかしら。
30分強の噺だがあっという間。コレ、1時間ぐらいのロングバージョンで聴けないかなあ。
講談『梶川の屏風回し(「掛け軸回し」)』のアレンジ。そもそもオリジナルがコミカルなのでブラック師匠が落語にするとほんとに笑える。
松の廊下で浅野内匠頭を取り押さえた褒美をもらってイイ気になっていた梶川は老中方からおおいに嫌われ「お江戸日本橋亭や上野広小路亭が快楽亭ブラックにしたように"出禁"じゃ!」よわった梶川が松の廊下で一緒に浅野を取り押さえたが褒美を拒否して評判のいい関久阿にアドバイスを求めると「謝罪会見を開いて、事の次第を"お話しくだされ梶川殿"。」
…というオチ。
ネタバレ御免だが、師匠が名古屋公演でかけたときに客がポカンとしてたから。ということで、師匠も冒頭にオチを晒す。笑(ちなみにこのネタは2023年、休館前のお江戸日本橋亭で披露された。)
吉良の忠臣蔵…立川志らく
立川志らく師匠の「芝居落語」(新作落語)。
師匠が日頃から「ヘンだな」と思っていた、ステレオタイプの忠臣蔵劇を、吉良上野介の視点で描くという、「夜討ちの被害者のおじいさん」のはなし。かなりおもしろかったです。
「なんでもヒトに聴かないで自分で調べたらどうなんだ?」と、出来の悪い部下に業を煮やす吉良と「イジメですか!?」と居直る浅野との関係は、実に現代人の心に響く。ばかばかしいけど、どっかで笑えない、身に覚えのあるやりとりになんとなく息苦しくなったりいたします。忠臣蔵ファンのあたしとしちゃあ、うすうす気づいてるけど見ないようにしていた部分がクローズアップされている。
いろいろつじつまが合ってて、さすがお芝居もこなしてらっしゃる構成力。ちょっとDVDで持っておきたいと思いました。
でも師匠、忠臣蔵を見てて感じてた「歌舞伎でがんじがらめになったストレス」を解消する意味でこのお噺をお作りになったとおっしゃってましたが、出てくるディティールは東映映画で、歌舞伎と言うよりは「講談」のそれに近い。
カマ手本忠臣蔵…柳家喬太郎
謎の多い松の廊下事件の真相をばかばかしくひもとき、討ち入りにも新しい展開を加えた名作。喬太郎師匠、流石の構成力。
オカマとうたってはいるが「勢ぞろい!!おかま忠臣蔵」のように安いオネエ言葉などは出てこない。
<以下ネタバレ>
男色関係にある浅野内匠頭と吉良上野介。一度だけの過ちが内匠頭(ジジ専)のハートに火を付けていた。どうしても若く経験のない伊達左京亮にばかり指導が熱くなる上野介に悋気の虫がおさまらず、やがて内匠頭は上野に刃を振るう。松乃廊下の刃傷事件はオカマの痴話げんかが原因だった…。
赤穂の評定では、そのケのある者ばかりが残り、討ち入りを決意する。
吉良邸で四十七士はすっかり返り討ちに合うが皆、殿のおそばにイケると笑って死んでいく。吉良邸の用人、小林平八郎達は世間の風評から今後の自分たちのありかたをかんがえ、死んだ浪士の装束を借りて自分たちが義士として死んでいこうとし、炭小屋の吉良のミシルシを上げる。
吉良をあの世で待っていたのは内匠頭であった・・。
「忠臣蔵が好きな人は怒っちゃイヤよ」と前置きされる本作ではあるが、ぶっちゃけ四十七士を「テロ行為」呼ばわりする風潮の現代においては、「心中行為」として構成された本作は忠臣蔵ノンケには一連を理解してもらうにはうってつけじゃないかと思った。「忠」や「義」より「LOVE」で説明される家臣の討ち入り根拠には妙に納得できるものがある。
喬太郎師匠がどっかで読みかじったなにかの一節から「男色」ネタを思いついたそうで、大好きな12chの「つか版・忠臣蔵」の風間杜夫のモノマネで内匠頭を演じている、サービス満点の作品。
<附言>浪曲の玉川奈々福師匠が本作を原作とした「 BL浪曲「シン・忠臣蔵」」という作品をかけていらっしゃる。
聖夜の義士
「聖夜の義士」は毛利小平太の子孫を主人公にそえたクリスマス・イブの奇跡のお噺。
先祖がギリギリになって討ち入りにいけなかったように、サラリーマンの毛利君も出世や恋をすんでの所でライバルの上杉君に奪われている。クリスマスイブのデートの約束も急な上司の残業の命令で行けなくなるが…
世相とあるあるネタのおかげで聴きやすく、プチ・SFなつくりのハート・ウォーミング噺。毛利小平太や忠臣蔵がいまも有名なら「世にも奇妙な物語」がほしがりそうな内容。
白日の約束
初めてできたガールフレンドがホワイトデーに「今日はなんの日か」言ってくるハナシ。主人公はピンと来ないが…。
中で出てくる「日本人なら30過ぎたら忠臣蔵でしょう!?」という名言が心に残る(笑)。
ウルトラマン生誕50周年「ウルトラ喬タロウ」での新作落語(師匠は新旧ウルトラマンのガチヲタ)では、ウルトラ怪獣のアダ名で呼び合ってた小学生時代の同窓会のハナシで、目立たなかったサイゴくんがいま芝居をやっており先日も浅野内匠頭を演ったというエピソードが出てくる。「なにせ敵がキーラだから」…という、もう、どの客を見込んでのギャグなのやら(笑)、キョンキョンはまっすぐにあさっての方向へ高座を駆け抜けた。
「ウルトラ仲蔵」は、「中村仲蔵」のスト−リーラインを見事に初代マンの世界観になぞらえてアレンジしたパロディ。活躍が認められて地球のバルタン星人討伐に派遣されたウルトラ仲蔵が工夫して相手を倒すが、その見事さに感動して言葉も出ない科特隊。「ああ、これはしくじったな」と上方へゴモラ退治に出かけようとするが…。たまんない内容ですな!笑
AKO47 新説赤穂義士伝…月亭八方
AKB48がブレイクしているあいだでしか演れない、期間限定作品。<この枕はBSプレミアムの放送では言わなかった w。
AKBと赤穂義士とどっちもくわしい、という客はかなりかぎられるので、このハナシは一般客を相手にした場合、懲りすぎればドン引きされるであろうし、うわっつらだけだと「こんなもんか」と思われてしまうむずかしい素材だと思う。
しかし八方師匠は忠臣蔵にしてもAKBにしてもお客さんが「あ、それなら知ってる」という微妙なラインでうまく構成している。
あと、上方はどんなグレードのギャグを言っても「んなアホな」と付け加えるだけでなんとなくおもしろくなるからオトク。
吉良側に気取られぬようAKO47のコードネームで暗躍する赤穂浪士。吉良ひとりに大勢ではアンフェアと言うことで討ち入り選抜メンバーから、吉良と決闘をする"センター"を赤穂浪士を指示する人々によって総選挙(投票用紙は塩一袋に入っている)で選ぶ。(暗躍してるのに総選挙(笑))
塩問屋・秋元家康兵衛がプロデュース。
中間発表では 1位 大石内蔵助。2位 大石主税。3位 吉田忠左衛門。4位 堀部安兵衛。5位 岡野金右衛門。6位 赤埴源蔵。7位 矢頭右衛門七 ・・コレを神セブンという。
最終的に見事センターになった主税は同士とともに見事本懐を遂げる。
雪の本所松坂町に「エイ!ケイ!オー!!!」の勝ちどきが上がる。
新出意本忠臣蔵(しんでぃほんちゅうしんぐら)…桂 九雀
これまで、はめもの(上方落語の特徴で口演にお囃子を盛り込む演出手法)を中国琵琶やマリンバでやってきた九雀師匠が「吹奏楽で忠臣蔵を」と思いたち、以前から交流のあった奈良でご活躍の市民吹奏楽団「セントシンディアンサンブル」さんとコラボした作品。タイトルの「しんでぃほん」は楽団名に入ってるシンディ(<誰のことか不明)からきている。原作:小佐田定雄(演芸作家)。
生演奏のゴージャスさと落語の面白みが加わった変わり種コラボで舞台上は中央の九雀師匠の後ろに吹奏楽50人ほどが揃うというフォーメーション。松之廊下〜討ち入り本懐までを熱演する。
「風さそう花よりもなおわれはまた われ泣きぬれてカニとたわむる」とか、急進派・安さんは大評定で「おかしんちゃうかっちゅうねんワレ!いったらんかい怒るでしかし!」と横山のヤスさんになったり、赤垣源蔵の義姉が「トクリと反省」したり、コネタを随所にちりばめて大筋を進める構成に生演奏がかぶる。
主なセトリは…これもネタバレになるので最初の方だけ紹介すると芥川也寸志の「赤穂浪士のテーマ」から始まり、松之廊下では「迫り来る脅威(大和の風)」(<なんの曲か不詳)、田村邸の別れでは「オーゼの死(ペール・ギュント)」などがかかるが、たとえば赤穂に急ぐ早駕籠には運動会でお馴染みの「クシコス・ポスト」がかかるといった雰囲気から、全体的なやさしいムードはお分かりいただけると思う。
2回ほどのお色直しをその場でこなす師匠は文字通り大熱演で、夜毎遊び呆ける大石内蔵助をやるときは会場に手ぬぐいをばらまき、最後は演奏者全員が討ち入り装束の羽織を着るなど会場のみんなで楽しく忠臣蔵を楽しめる雰囲気に満ちた、日曜昼下がりに持って来いの出し物でした。
となりのご婦人とお話をしたが、息子さんが舞台上でユーフォニュームを演ってるそうで、おおいにご満悦のご様子でした。
チュウ臣蔵…桂 枝太郎3rd
ネズミやゴキブリ、ナメクジなど、アパートに巣食う害獣、害虫に転生した浅野内匠頭と四十七士と、一人暮らしの女性のおはなし。
(以下ネタバレ)
「低血圧で朝のタクミなんかきらいよ!いつも割り勘で、自腹切ったらどうなの!」と、前カレのタクミくんと別れた女性の肩と額には傷がある、吉良上野介の生まれ変わりであった。
それを見た、ネズミやゴキブリたちは…
この噺は台詞の中に「セッ●ス」ということばがあったせいで(?)師匠は新宿末広亭を出禁になったことがあったそうだ。
もともと忠臣蔵にぞっこんだったのか、どうなのか。忠臣蔵はネタ的にいじりやすいということから、ウィキペディアとか見ながら構成したと師匠は教えてくれた。
ここにはラインナップしないでくれと言われたが、書いちゃった。面白いネタなんですから、よろしいじゃございませんか。
愉快なドタバタで、初出は存じ上げないが、2019年に大久保ノブオさん、森一弥さん、我善導さん(三人で、ワハハバーガー)によって、忠実にコント化された。
仮名手本天神祭…笑福亭生寿
2020年夏、コロナ禍で催しの大半が中止になってしまった、日本三大祭の一つ、大阪天神祭。
ならば、祭りにまつわる落語で笑って、疫病を吹き飛ばそうとオンライン落語が企画され、そこで披露された作品。
元禄15年6月に天神祭でにぎわう大阪なにわ橋の上で、おしのびで見物に来た吉良上野介と、大石内蔵助が(お互い誰とは気づかず)バッタリと出会い、意気投合。再会を約束する。
赤穂事件にまつわる細かなディティールには突っ込みどころがすごく多いものの(ギャグを成立させるために、わざとデタラメにしているムキもある)、天神祭も良いバランスでフィーチャーされているし、橋の上での出会いもコミカルな中に、なかなかドラマチックな構成で好き。
(ネタバレ)
ダジャレやギャグが全体に良い感じにちりばめられて、たいそう楽しい構成だが、前半のジャブが効いてるだけに、サゲのパンチが弱くてちょっと拍子抜けした(敢えて言わせていただくと、橘家文蔵(3rd)師匠の「電柱でござる」なみである。)。でも、あとから考えると、さして面白くもないやりとりを「んなアホな」でごまかす上方的なやりかたではなく、落とし噺に徹した笑いづくりが小気味いい。
サカナ手本忠臣蔵…玉川太福(浪曲)
海を舞台に、魚介類がくりひろげる、新作浪曲の忠臣蔵(の、松之廊下〜田村邸)。「勉強会」の名のもとにその会ごとにネタ卸をし、その場で観客の意見を求めて次に繋げるという奇特な企画。
(以下ネタバレ)
アサリ内匠頭とボラ上野介がサンゴの廊下でいざこざになる場面から始まり、サワラ右京太夫邸で切腹(すると、貝柱が切れてむき身になる)するまでが描かれた、純粋に面白い浪曲劇。
「食(しょく)さそう 醤油の香り 我はバター 半分残し 酒蒸しにせん…」辞世のレシピ
鬼のようにどうでもいい日常的な題材でも、ものすごく聴き心地の良い唸りで作品にしてしまう太福師匠だから、見てるこっちは終始笑っていられる作品だが、コレの内容自体は、ダジャレでもじられた登場人物に、その生物の豆知識が散りばめられた、「面白いだけ」の作品。
つまり、喬太郎師匠の落語のように、オカマの男色関係が、忠義忠孝のひねりになっているだとか、ブラック師匠のように、怪獣の個性が見事に忠臣蔵の登場人物に見立てられているといった、「なぜその題材で演ったか」というこだわりや奥行きは、この「サカナ手本」には無い。
そんなふうに言っちゃうと、ちょっとイジワルだが、ダジャレやギャグに徹してる点では、これはこれで個性であります。(ほかにも、カニ川与惣兵衛「海中でござる!」。カツオか源五右衛門。大イカ内蔵助…笑)
作者(たぶん松田健次氏)が「2019年に登場人物が魚類になる雑想がふと転がってきた」ということで本を書き、企画を持ちかけられた太福師匠が節(ふし)にしたりギャグを足して作ったという。(註01)
「その2」赤穂城明け渡しから、オオイカ(大石)一家の山科閑居までが口演。 「その3」アナゴ屋利兵衛の用意してくれた道具を江戸に運ぶ、オオイカ東下り。宿場で、カキ見五郎兵衛とでっくわす。「その4」赤エイ源蔵 徳利の別れ。「その5」岡野キンキ右衛門 絵図面取り。大工の娘お鮎のやりとりはKinkiとayuの歌合戦。
前年3月に始まった本作は、2022年11月めでたく完結。「その6 大団円 魚士討ち入り」。水産した四十七ギョ士はタツノオトシゴの梯子を登ってボラ邸に突入!オオイカ内蔵助の篝火(かがりびっておっしゃってた気がするけど(集魚灯)、イカだし漁火(いさりび)って言いたかったのでは…。当日風邪っぴきで、その上忙しく練習不足を告白していらっしゃった)に誘われ、要人付人はみな一網打尽。カツオカ源五右衛門も一本釣りで活躍。サメズ一学には手こずったが、ブリべ弥兵衛、安兵衛親子が水泉に落ちた一学を平賀源内の発明したエレキテルで退治。一緒に水に入っていた安兵衛は「12月のブリはアブラが乗っていて」通電しなかった。最後にはみごとボラ上野のおかしらを太刀落とし、エイエイウオー!と、あいなる。
註01…2021.3.13 江戸東京博物館小ホールでのネタおろしに配られた口上書と、トークより。
元禄女太陽伝…春風亭小朝
脚本家の金子成人原作。
みずから吉原に飛び込んで女郎となったお熊というめずらしい女性(名が体を表す眉毛が繋がったお顔立ち)が、たまたま客で来た大石主税(「男にしてやろう」と意気込む安兵衛と数右衛門に連れられてやってきた)。彼の筆おろしをしてあげる。
討ち入りのあと、お熊は江戸中で大石主税を男にした女郎としてバズり、吉原いちばんの売れっ子になるというハナシ。
「お前は運が良い女だな。まるで鬼の首を取ったみたいだ」「いいえ、取ったのは吉良の首」というサゲもあると、某サイトにあった。
同じ原作(脚本)&タイトルで萩本欽一さんが道楽で作った(としか言いようのない笑)短編オムニバス映画「欽ちゃんのシネマジャック(1993)」で映像化されているらしいが、成績は不調だったという本作はソフト化もされておらず、2023年現在確認ができない。
殿中でござる
初代国立劇場さよなら公演「歌舞伎&落語 コラボ忠臣蔵」
ということで、小朝師匠の落語「中村仲蔵」と中村芝翫(8th)丈の5〜6段目が合体した公演。2022年秋。
この2ヶ月ほど前に歌舞伎座で、講談と歌舞伎のコラボがあって、そのときは神田松鯉&神田伯山&尾上松緑の鼎談があったんで、今回もそういうような趣向なのかと思ったら、幕間を挟んで前半落語と後半で歌舞伎が完全に分離してて、トークも無く、もしや企画が先走って、演者さんたちはおたがいを執着してないのかな?と、邪推してしまう印象の舞台だった。
落語も歌舞伎も、もともと知ってる古典の演目なんで出かける予定がなかったが、開口一番で小朝師匠の「殿中でござる」というのがあるというんで、新作なら聴かねば!とお出かけ。
最近映画やテレビで忠臣蔵をやらなくなったのは「昔なら大衆は『赤穂四十七士』の忠義に心を打たれていたものを、最近は『討ち入りはテロでは?』となってきた。テロという認識が多数派だと容認できないから、メディアも忠臣蔵を扱えなくなってきてるんじゃないか」という師匠の説のもとに「ほんとに吉良が悪いと思います?」という論調で、浅野内匠頭を悪く言う(ケチでイラチ)視点で赤穂事件のあらましを討ち入りまでおさらいをするだけの内容だった。
とはいえ、台詞が出来てて「さすが」と思ったものだが、実はこれも菊池寛の「吉良上野介の立場」という短編を落語調(原作に時事ネタなどを挟み込むなどしてアレンジしている)にしたネタだとあとから知って、じゃあ「さもあろう」だった。
テロの話で口火を切った割には、討ち入りのテロ性には触れないんでヘンだなと思ったが、要は師匠は「昔とはちょっと変わったところで、忠臣蔵を見てみよう」的な視点で観客のご機嫌を伺うアプローチを計ったようである。
師匠が下がって「え…五段目関係ないじゃん」とか「え…なんでタイトルが"殿中でござる"なの…」とポカンとしていると唐突に太神楽が始まって(曲芸のスキルはすごいのだが、ひとつも忠臣蔵とは関係ない)、それが終わると引き続き師匠が戻ってきて落語「中村仲蔵」が始まる。
35分の幕間のあと、五段目フィーチャーしてるライブな割に、芝翫さんは勘平…(中村歌六が貫禄のある定九郎)。で、六段目がたっぷり。
たまたま(なのか連動しているのか)NHKの「忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段」の再放送があったので、それを見た友人は今回のライブを楽しんだようだった。